熱を下げて腫れを抑えるためですがでは、そのとき患部では何が起こっているかというと、血流障害、が起きて組織の修復ができなくなっています。
また、痔がひどくて痛くなってくると、医者はすぐに座薬を入れます。
座薬は消炎鎮痛剤で一時的に腫れを抑えますが、根本的な治療ではありません。
むしろ、生体がみずから必死で修復しようとするのをストップさせているだけなのです。
しかも、薬学の進歩でどんどん強い薬が開発されて使用されますから、それだけ治る機会を失うことになります。
対症療法は、辛い症状をとるという点では一見よさそうですが、治る機会を失わせる危険性があるということです。
熱をもったり腫れたりするのは、体が必死で治ろうとしている証なのに、目先のことだけを考えて痛みを取り除けば、それで治療が終わったと思っています。
医者は「おかしいなあ、傷口の腫れは引いているのに」なんて言ったりしますが、何も治していないのですから、とんでもないことです。
プロスタグランジンの産生と分泌を止めるのが消炎鎮痛剤の仕事ですから、大量に使うと、このプロスタグランジンが出なくなってしまい、血管も聞かなくなり、今度は交感神経が緊張して膿が吹きだしてもっと悪くなっていることがあります。
もちろん、痛いのを緩和させるに消炎鎮痛剤を使ってはならないということではなく、それだけ使っても根本的な治療にはならないということです。
ほんとうに治癒させるためには、結局、組織の修復を待つことです。
多少辛いかもしれませんが、生体には自然治癒力が備わっていますから。
修復が終われば、自然に痛みは取れていきます。
病気になると、医者を頼りにすることはやむをえませんが、患者に対する医者の接し方や治療の仕方には多くの問題があります。
たとえば、ガンが発見された場合、だれもが死を意識して病気に怯えます。
それが心理的なストレスとして作用して体の働きがさらに低下して病気が進行しますから、病気を治す前に病気に負けてしまいます。
病院で医者と対面しているとき、患者は何を言われるか不安でたまりません。
そんなとき、「あなたは、ガンだ。
余命いくばくもありません」と、頭ごなしにガツンとやられたら、どんな人でも大きなショック、つまり強烈なストレスを受けてしまい、気の弱い人なら、それだけで寿命を縮めてしまいます。
もちろん、医者はそんなに意識していないでしょうが、同じ診断結果を伝えるにも、もっと違った話し方や対応の仕方があると思います。
友人の医者たちに、「どうして余命告知をして脅かすようなことをするの?」と聞いたことがありました。
そのなかの答えでいちばん多かったのは、悪い予測を伝えておけば、治療がうまくいかなくても責任を問われないと考えているとしたら、とんでもない話です。
よく、医者のモラルが低下していると言われています。
病気治療がマニュアル化され、医療体制が制度化されすぎて、自分がやらなければならないことが見えなくなっているという側面があるかもしれません。
医学は科学的な思考にもとづいて成り立っているといわれていますが、科学にまで辿り着いていないのではないでしょうか。
なぜなら、ほとんどの病気、とりわけ難病として名を連ねているものは、原因がわからないまま、そのままにされているからです。
科学にもなっていないのですから、医学はもっと謙虚になって、体自体がもっている力を信じて体に任せるという感覚をもたなければなりません。
原因不明のまま、薬だけ多く出すというのはどうしても理解できません。
たしかに、診断技術といった一部の分野では、科学的な成果が出ているかもしれませんが、それは医療に取り組む医者の姿勢とは直接関係ないことです。
むしろ、医者たちは診断技術の発達に頼って病気の種類を増やし、薬で何とかなるだろうと思っている人が多いというのが現状です。
たとえ医学が科学のレベルに達したとしても、病気の謎が解けるかといえば、疑問です。
人間が生きている謎や人間がもっている偉大な力というのは、簡単にはわからないからです。
遺伝子の分野でも解析は終わりましたが、病気の発現の調節はどう行なわれているかといったことは、まったくわかっていません。
宇宙の摂理でつくられた生命体の謎ですから、最後までわからないという可能性もあります。
現代の医療は、病気を治療するという名目で、患者の体を痛めつけています。
私は、緊急でやむをえない場合の手術は別にして、ガンというと、摘出のための大手術や抗ガン剤、放射線治療は体に強力なダメージを与えまずから、やめたほうがいいと考えています。
なぜなら、自律神経を過剰に緊張させてしまい、免疫系をはじめとする体の働きが極端に低下し、生体が本来もっている自然治癒力が損なわれる結果につながるからです。
最近では、インフォームドコンセントという言葉が当然のように使われていますが、実態はまったく違います。
医者が一方的に病状と治療法を患者に伝え、その治療を受けるかどうかを決めさせているだけということが少なくありません。
ひどい場合だと、その治療を受けないのであれば、病院から放り出されてしまいます。
結局、患者は医者の薦めに「イエス」としか言えない状態になっていますが、ガンになったときこそ、患者はしっかり構えてほしいと思います。
そして医者の言葉を冷静に、かつ前向きに考えることです。
たしかに患者にしてみれば、いろいろな治療方法を提示されて、そのなかから選べといわれでも戸惑ってしまいます。
しかし、今やコンピュータの、ネット上や雑誌などには、ガンに関する情報がたくさん載っていますから、ある程度自分自身で納得できることがあるはずです。
自分の治療を受けないのなら面倒をみないというのであれば、そんな身勝手な医者と縁が切れてよかったと思えばいいのです。
医者の言いなりになるより、自分が信頼できる医者を探すほうが、ずっと治る確率が高くなるはずです。
ガンには、苦悩が重なった心の病気としての側面があります。
こうしたことを考えると、じっくり患者の生活状態や人間関係について尋ねてくれる医者が好ましいといえます。
従来、こうしたことは医者がやるべきことではありませんでした。
しかし、病気の原因がはっきりしてきた以上、それは医師の役割であることを、もっとしっかり認識してもらいたいと思っています。
なぜ、日本は西洋医学を信奉するようになったかといえば、明治時代の文明開化にまで遡ります。
日本人はもともと穏やかなことが好きな民族でした。
たとえば、昔、中国から鋪灸が入ってきたとき、日本人はすぐに改良を始めて針の太さをどんどん細くしていって日本人好みにして普及させました。
飲み薬も同じです。
日本人が好きな薬は昔から、体に負担がかかるようなものではなく、穏やかに効いていくものでした。
ところが、明治維新を迎えて西洋医学を国家の医学にすると、消炎剤や代謝阻害剤など、西洋から強力な薬が怒濡のように日本に流れ込みました。
西洋には、日本人が考えてきたような穏やかな薬はありません。
すべての薬がすごい効力をもっています。
それを、穏やかな薬を好んでいた日本人が真に受けて、大量に飲み続けるようになってしまいました。